私は長い間、
「人に相談する」という発想を持っていなかった。
「夫や家族に相談してから決めます」
そんな言葉を聞くたび、どこか羨ましさを感じていた。
自分には、相談する相手がいない。
そう思い込んで生きてきたからだ。
欲しいと言えた、たった一度の記憶
子どもの頃の私は、孤独だった。
両親にも、兄弟にも、
自分の気持ちを分かってもらえた感覚はほとんどない。
小学校5年生のとき、近所のスーパーで
ピンクのブタのぬいぐるみと赤いコートを母に買ってもらった。
それは、
人生で初めて「これが欲しい」と口にした瞬間だった。
買ってもらった私は、その場で泣いた。
欲しいと言えたこと。
一目で心が動いたものがあったこと。
そして、それに応えてもらえたこと。
そのぬいぐるみは、30年近く手放さずに持っていた。
それほど、私にとって象徴的な出来事だった。
ただし——
この出来事は例外だった。
自分の本当の気持ちを言えない環境は、
その後も変わらなかった。
何を選ぶにも、ひとりだった
進学も、就職も、結婚も。
私はいつも、誰にも相談せずに決めてきた。
そもそも、
「自分が何を望んでいるのか」が分からなかった。
子どもの頃からずっと、
理由の分からない不満だけが積み重なっていった。
高校受験も、大学受験も、
同じように一人で抱え込んでいた。
大学受験をきっかけに家を出たとき、
母に暴言を吐き、感情をぶつけた記憶だけが残っている。
大学時代は、哲学書ばかり読んでいた。
小林秀雄、スウェーデンボルグ、鈴木大拙。
就職も結婚も、振り返れば妥協だった。
妥協するしか、選び方を知らなかった。
人生で初めて、相談した日々
転機は、夫の事業の破綻だった。
私は離婚し、破産宣告をし、
4人の子どもを手元に残した。
「人生の休養に入ろう」
そう決めて、しばらくは毎日寝込んでいた。
子どもがいたことで、
地元の保健師や家庭支援センターにつながった。
少しずつ、状況を話すようになった。
一人ではなく、複数の専門家に。
振り返ると、
50人近い人に話を聞いてもらってきたと思う。
その過程で、人生で初めて気づいた。
人に相談していい。
助けてと言っていい。
人は、私よりもうまくやってくれる。
助けることは、相手のためにもなる。
それを、体験として知った。
だから今、私は話を聞いている
それから15年。
私は「相談する」という行為を続けてきた。
誰でもいいわけではない。
話す相手は慎重に選んだ。
・きちんと聞いてくれる人
・プライバシーを守る人
・正解やレールを押しつけない人
話すことは、
心の中にあるものを外に出すことだ。
日記でもいい。
一人で話してもいい。
言葉にすると、思考は整理されていく。
今はAIとも対話している。
それは逃げではなく、整理のためだ。
10歳の頃、
「私はどうしたいのか」と悩み続けていた自分に、
今ならこう言える。
話してごらん。
少しずつ、整理されてくるよ。
もし今、
誰にも相談できずに一人で抱えている人がいるなら。
「助けて」と言っていい。




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